海とともに生きる

私たち日本人は、古来、海から大きな恩恵にあずかって生きてきました。日本人のみならず、人類は、大地とともに海によって生かされてきた、ともいえるかもしれません。ふだん意識されていなくても、またはっきりと眼に見えなくても、私たちのいのちを実際に支えているものこそが、海ではないでしょうか。
そうした海と人とのつながりを考えるために必要なことは、具体的な体験プログラムを踏まえつつ、理科や社会などの各教科をつうじて自然科学的知見・社会科学的知見を身につけ、さらに海に関する文学・思想に親しむことで、海と人とのつながりという見えないものを見る構想力を養うことです。
そのためには、体系的な知識技能型ではなく、「素朴な問い」に対する探求型の実践と、単一の教科ではなく既存の諸教科を横断する知の教育=『学際知教育』が必要です。海洋教育の最終目的は、命の源泉である海について、自ら考え実践し学びを深めることで、<海とともに生きる>という私たちの本来的な生き方に気づき、<よりよく生きる>ことを伝えていくことです。

学習指導要領と海洋教育

幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第197号) 補足資料(1/8)より

2017年3月に、文部科学省より新しい学習指導要領が公示されました。これは、変化が激しくますます多様で複雑化していくこれからの社会において、子どもたちがしっかりとした「未来対応」の力をつけていくために考えられた教育課程の基準です。そこでは、子どもたちに育成する力が、新しい時代に必要となる「資質・能力」として、次の3つに整理されています。

  1. 生きて働く知識・技能
  2. 未知の状況にも対応できる思考力・判断力、表現力
  3. 学びに向かう力、人間性

このような「資質・能力」の育成は学校が中心となりつつも、そのめざすところを地域や社会の人々と共有・連携しながら実現させることが大切です。特徴ある地域の自然や歴史は、学校と地域・社会をつなぐ大切な学習材となります。

海に囲まれた我が国において、「海と人との共生」という理念を掲げる海洋教育は、このような学習指導要領の目指すところと方向性が合致しています。海の豊かな自然に親しみ、海について興味・関心を持ち進んで調べ、海の利用の実態やその歴史について深く学ぶとともに、海を守る心を育み、保全の態度を涵養することは、海洋教育を通して子供に育成することができる大切な「資質・能力」といえます。また、教科の学習や総合的な学習における子どもの学びと関係づけるとともに、地域の人や社会と連携し、そこでの自然や歴史を貴重な素材として取り上げ教材開発を行うことは、まさに海洋教育がこれまでやってきたことです。

新学習指導要領は2020年度より実施が始まりました。海洋教育もまた、子どもの資質・能力の育成を図るとともに、「社会に開かれた海洋教育」として一層の研究開発を行っていきます。

海洋教育の3つのエッセンシャルズ−海洋教育が目指す未来−

東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター(当時)では、<海とともに生きる>という理念を掲げる海洋教育を展開するうえで、本来的に公共圏・公共財である海洋に対し、「生命」・「環境」・「安全」という3つのエッセンシャルズを取り組むべき優先主題として立てました。これらの主題の探求を通して、「生命・環境としての海洋を享受しつつ、私たちの生存・生活を護り支える」ことこそ、海洋教育の本質的主題と考え、活動を展開しています。

海洋教育の取り組みについて

2007年4月に制定された「海洋基本法」の28条には、広く国⺠一般が海洋についての理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進等のために必要な措置を講ずるとともに、大学等において海洋に関する政策課題に対応できる人材育成を図るよう努めるように、とあります。

海洋基本法の理念に基づく人材を育てることを目標とし、海洋政策研究財団(現:海洋政策研究所)は2007年に教育分野と海洋分野の有識者からなる「初等教育における海洋教育の普及推進に関する研究会」(委員⻑:佐藤学 東京大学教授/日本教育学会会⻑(当時))を設置し、『21世紀の海洋教育に関するグランドデザイン』が提言されました。

海洋教育のコンセプト(海洋政策研究財団「21世紀の海洋教育に関するグランドデザイン」より)

海に親しむ
海の豊かな自然や身近な地域社会の中での様々な体験活動を通じて、海に対する豊かな感受性や海に対する関心等を培い、海の自然に親しみ、海に進んで関わろうとする児童・生徒を育成する。
海を知る
海の自然や資源、海をとりまく人や社会との深いかかわりについて関心をもち、進んで調べようとする児童・生徒を育てる。
海を守る
海の環境について調べる活動やその保全活動などの体験を通じて、海の環境保全に主体的にかかわろうとする児童・生徒を育成する
海を利用する
水産物や資源、船舶を用いた人や物の輸送、また、海を通じた世界の人々との結びつきについて理解し、それらを持続的に利用することの大切さを理解できる児童・生徒を育成する。

海洋教育の12分野(海洋政策研究財団「21世紀の海洋教育に関するグランドデザイン」より)

  • A.生活・健康安全

    暮らしと海のかかわりや災害など海の危険性とその対策に関すること

  • B.観光・レジャースポーツ

    海にかかわる余暇使用に関すること

  • C.文化・芸術

    海を題材や舞台にした文化や芸術に関すること

  • D.歴史・民俗

    海に関わる歴史や民俗・宗教などに関すること

  • E.地球

    海洋や海とかかわる地球の仕組みに関すること

  • F.物質

    海の科学的な特性に関すること

  • G.生命

    海に生きる生物に関すること

  • H.環境・循環

    海の循環や物質の循環システムに関すること

  • I.資源エネルギー

    海からもたらされる資源やエネルギーとその利用に関すること

  • J.経済・産業

    海を利用した経済活動に関すること

  • K.管理

    海の持続的な開発のために必要な管理に関すること

  • L.国際

    海をめぐる世界の国々の協調に関すること